遺言書は、残された家族への最後の贈り物
「遺言書」と聞くと、少し縁起が悪いと感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、死期が迫ったときに書く「遺書(いしょ)」とは全く異なります。
「遺言(ゆいごん)書」とは、ご自身の財産を「誰に、どのように残したいか」という意思表示であり、残される大切なご家族への最後の贈り物、そして思いやりです。
「遺書」が主に感情を伝える手紙であるのに対し、「遺言書」は法的な効力を持ち、あなたの意思を実現する力があります。
もし、遺言書がなかったらどうなるのでしょうか。例えば、こんなケースが考えられます。
子供がいないご夫婦の場合 遺言がないと、亡くなった方の配偶者は、亡くなった方の両親や兄弟姉妹といった、普段はあまり付き合いのない親族と一緒に財産の分け方を話し合う「遺産分割協議」をしなければならなくなります。
複雑な家族関係にある場合 前妻との間にお子さんがいる方の場合、残された後妻と前妻のお子さんが、全く面識がないにもかかわらず、遺産分割協議で顔を合わせなければならない、といった事態も起こり得ます。
こうしたトラブルを未然に防ぐために、遺言書は非常に有効な手段となります。
この記事では、遺言書の主要な2つの形式である「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」について、基本からそれぞれのメリット・デメリット、そしてどのような方にどちらが向いているのかを、専門家の視点から分かりやすく解説していきます。
ではまず、手軽に作成できる自筆証書遺言から見ていきましょう。
1. 「自筆証書遺言」とは? — 手軽さと注意点
概要
「自筆証書遺言」とは、その名の通り、遺言者本人が全文・日付・氏名を自分で書き、押印して作成する遺言書のことです。専門家の関与なしに、一人で作成できる最も手軽な方式です。
作成のルール
自筆証書遺言が法的に有効と認められるためには、厳格なルールを守る必要があります。
・全文自筆の原則
遺言書の本文、作成した日付、そしてご自身の氏名は、すべて手書きでなければなりません。パソコンや録音・録画で作成したものは無効となります。
・押印の必要性
氏名のそばに必ず押印が必要です。法律上は実印でなくても、認印や拇印でも有効とされています。
・財産目録の例外
遺言書に添付する財産の一覧(財産目録)については、パソコンでの作成や、通帳のコピー、不動産の登記事項証明書などを添付することが認められています。ただし、その場合は財産目録の全てのページに署名・押印が必要です。
保管方法の選択肢
作成した自筆証書遺言の保管方法には、主に2つの選択肢があります。
1. 自宅などで保管する
最も手軽ですが、紛失や相続人による改ざん・隠匿のリスクがあります。この方法で保管された遺言書は、相続開始後に家庭裁判所で「検認」という手続きを受ける必要があります。
2. 法務局の「自筆証書遺言書保管制度」を利用する
作成した遺言書を法務局に預ける制度です。原本が安全に保管され、偽造や紛失の心配がありません。そして最大のメリットは、この制度を利用した場合、家庭裁判所での「検認」が不要になることです。
次に、専門家が関与する、より確実な方法である公正証書遺言について解説します。
2. 「公正証書遺言」とは? — 確実性と信頼性
概要
「公正証書遺言」とは、公証役場で2名以上の証人の立会いのもと、遺言者が遺言の内容を公証人に伝え、その内容に基づいて法律の専門家である公証人が作成する遺言書です。
作成プロセス
公正証書遺言は、一般的に以下の流れで作成されます。
1. 公証人との打ち合わせ
遺言者が、どのような財産を誰にどう残したいか、その意思を公証人に伝えます。事前に必要な資料(戸籍謄本、不動産の登記事項証明書など)を準備します。
2. 証人の立会い
作成当日、利害関係のない証人2名以上が立ち会います。適当な証人がいない場合は、公証役場で紹介してもらうことも可能です。
3. 作成と保管
公証人が遺言の内容を読み上げ、遺言者と証人が内容を確認して署名・押印します。作成された遺言書の原本は公証役場で厳重に保管されます。
信頼性の理由
公正証書遺言が無効になることはほとんどありません。その理由は、法律の専門家である公証人が作成に深く関与し、法律上の要件を満たしているか、内容が明確かなどを厳しくチェックするため、形式不備や内容の曖昧さが原因で無効になるリスクを未然に防げるからです。
それぞれの特徴がわかったところで、両者を直接比較して違いを明確にしましょう。
3. メリット・デメリットから考える最適な選択
自筆証書遺言のメリット
・手軽さと費用
最大のメリットは、思い立った時にいつでも、誰にも知られることなく、費用をほとんどかけずに作成できる点です。
・プライバシー
作成から保管まで自分一人で行えるため、遺言の内容を完全に秘密にしておくことができます。
自筆証書遺言のデメリット
・無効のリスクと紛争の火種
日付の漏れや押印忘れといったわずかな形式不備で、遺言書全体が無効になってしまう危険性があります。また、表現が曖昧だと解釈をめぐって相続トラブルの原因になります。
・発見されない・破棄のリスク
自宅で保管した場合、相続人に発見されなかったり、悪意のある相続人によって隠されたり、破棄されたりする危険性があります。
公正証書遺言のメリット
・圧倒的な安全性と確実性
法律の専門家である公証人が作成するため、無効になる心配がほぼありません。また、原本が公証役場に保管されるため、偽造・紛失・改ざんの恐れが一切ないのが最大の強みです。
・手続きの円滑さ
家庭裁判所での検認が不要なため、相続が始まった後、不動産の名義変更や預貯金の解約といった手続きが非常にスムーズに進みます。
・遺言執行者の指定で、意思を確実に実現
遺言の内容を実現する「遺言執行者」を指定しておくことで、相続手続きをさらに円滑に進められます。特に、相続人以外の第三者(内縁の妻など)に財産を遺贈する場合や、協力が得られない相続人がいる場合でも、遺言執行者が責任を持って手続きを行うため、ご自身の意思が確実に実現されます。
公正証書遺言のデメリット
・費用と手間
公証人に支払う手数料や、専門家に依頼した場合はその報酬など、作成に一定の費用がかかります。
・準備の必要性
証人を2名用意したり、公証人との打ち合わせのために必要書類を揃えたりと、作成にある程度の手間と準備が必要です。
それでは最後に、ここまでの情報を踏まえて、あなたがどちらの遺言を選ぶべきかの指針を示します。
4. 結論:あなたに合うのはどちらの遺言?
自筆証書遺言(法務局保管)がおすすめな人
以下のような方は、まずは費用を抑えられる自筆証書遺言(法務局保管制度の利用)から検討してみるのが良いでしょう。
・相続関係がシンプルで、財産も預貯金など分けやすいものが中心の人
・まずは費用を抑えて、手軽に遺言書を作成してみたいと考えている人
公正証書遺言がおすすめな人
一方で、以下のようなケースに当てはまる方は、相続トラブルを確実に防ぐため、公正証書遺言の作成を強くお勧めします。
・子供がいないご夫婦や、相続人同士の関係が複雑な人
配偶者に全財産を確実に残したい、あるいは関係性の良くない親族との遺産分割協議を避けたい場合に極めて有効です。
・事業を特定の子に継がせたい経営者
会社の株式や事業用不動産などを円滑に後継者に引き継がせ、他の相続人との間で事業継続が困難になるようなトラブルを未然に防ぐためです。
・財産の多くが不動産など分けにくい人
不動産は現金のように簡単に分割できないため、誰がどの不動産を相続するのかを具体的に指定することで、相続人間の不公平感をなくし、争いを防ぐことができます。
専門家としてのアドバイス
遺言書は、残された家族への最後のメッセージです。その想いを確実に届けるためには、形式や内容に不備があってはなりません。
もし、遺言の内容が少しでも複雑であったり、ご自身の死後、相続人同士でのトラブルを絶対に避けたいと強くお考えであれば、費用がかかったとしても「公正証書遺言」を作成し、信頼できる遺言執行者を指定しておくことが、最も安全で確実な選択です。
遺言書は、単なる財産分配の指示書ではありません。それは、ご家族への深い配慮と感謝を形にした、最後の、そして最も大切な贈り物です。その想いを確実かつ円満に届けるために、私たち専門家がいます。
あなたの状況に最適な方法を選び、残される方々へ「安心」という最高の贈り物を準備するお手伝いをさせていただければ幸いです。
今後の動向:遺言作成のデジタル化
近年、遺言作成の方法もデジタル化に向けて大きく動き出しています。2025年度には、パソコンやスマートフォンを使い、公証役場に出向かずにオンラインで公正証書遺言を作成できる制度が始まりました。
さらに、将来的には「証人の立会い」や「録画」などを要件とした「デジタル遺言書」の導入も検討されています。これにより、遺言作成はさらに身近で便利なものになるでしょう。
しかし、どのような形式であっても、ご自身の意思を法的に有効な形で明確に残すことの重要性は、これからも変わりません。

